晴れ女

Essay

私が「楽しみ」にしていれば、大抵は晴れる。

子供の頃から、運動会や遠足、修学旅行、

楽しみにしていた行事は、晴天もしくは雨に見舞われることの無い展開となった。

晴れ女は大人になっても健在だった。

イベント事は必ずと言っていいほど晴れた。

友達の結婚式、とっておきのデート、年に1度のディズニー、6月の2泊3日旅行さえも。

台風直撃のディズニーも、眩しいほどに晴れた。

ほとんど貸切状態のディズニーはなぜだか物足りなく感じた。

無いものねだりがすぎる。

台風直撃でグランピングの施設側からキャンセルを促された日には

仕方なく都内に遊びに行ったのだが、こちらもまた太陽燦々の晴天だった。

よく台風にフェイントをかけられている。

ピクニックに行った日には、行きがけ雨が降っていたのだが、

到着した時には晴れていて、帰りがけ車に乗った途端に土砂降りだった。

終日雨予報のお出かけも、ずっと降りそうだったけど結局雨降らなかったね、

という展開が多い。

そんな晴れ女が友達と飲んだ夜、一向に雨が止まなかった。

随分と気まずい。

晴れ女の効力を発揮できるのは、私が心から「楽しみ」にしている時だけだ。

そのことに気がついてから、私は晴れ女を名乗らなくなった。

楽しみでいることが、晴れ女の仕事なのだ。

そう思うと荷が重く、しんどくなった。

そんなある日、とある彼とのデートで雨が降った。

彼は雨男なのだと言った。

楽しみにしていると雨が降ってしまうのだと言う。

違うよ

私が楽しみにしていなかったからだと教えたくなった。

その時私はハッとした。

私が晴れさせたのだと思って生きてきた時間、

その隣には雨神を宿した人間がいたのではないかと。

そう思うと怖くなった。

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