「カフェ店員」という仕事を選んで9年目

Essay

みんな、コーヒーというより空間を求めて来店する。

コーヒーを飲みたいだけならば、自販機やコンビニで十分だろう。

だけどみんな、わざわざ足を運んでカフェにやってくる。

おひとり様の9割がPCを開いている。

この場所は、私だけでなくみんなの仕事場なんだなと思う。

そんな中、「急いでくれ」とお怒りになる方もいる。

コーヒーだけを求めて来た人なのだなと思う。

そこまでしてうちのコーヒーが飲みたかったのかと感動してしまう。

自販機やコンビニやもっと空いているカフェではなく、

わざわざ時間に限りのある中うちに来て、コーヒー1杯をご注文なさったのだ。

ありがとう。急ぎます。

カフェ店員は、毎日沢山歩く。

常にカウンターの中を歩き回っている。

カウンターの外にもでる。

変わり映えのしない世界をぐるぐるまわる。

意外と力仕事も多い。

「意外」と聞くと、いつも誰にとっての「意外」なのだろうと思うのに使ってしまう。

そして、多少の社交性とともにかなりのコミュニケーション能力が必要だ。

特に、相手の発した言葉や表情から微妙なニュアンスを汲み取る力は必須と言える。

これまでたくさんの仲間たちやお客様と出会い、

環境が変わるたび、新たな人間関係の構築に励んできた。

そんなこんなで、もう9年カフェ店員として生きている。

側から見れば、私はカフェ店員としていきいきと仕事をこなし、

やりがいに溢れ、何不自由なく生活しているように見えるだろう。

だけど、そうではない。

私は家の中にいるのが好きで得意な、いわゆるインドアだ。

ずっと座っていられる。

テレビや映画、本、PC作業が好きだ。

コロナ禍で強いられたおうち生活は、何も苦でなかった。

人付き合いも狭いほうだと認識している。

社交性は、この9年で鍛えた分が多少はあるが、

それは単に後からつけた筋肉にすぎない。

使わなくなればきっとすぐになくなるだろう。

一度きりの人生だ。

何のために生まれてきたのかと考える。

何をして生きるのか。

何が私の幸せだ。

私の心は、何をして喜ぶのだ。

そんなアンパンマンのマーチな今日この頃。

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