母のお弁当 〜有難いという前提を添えて〜

Essay

母のお弁当。

もう10年は食べていない。

お弁当にリンゴを入れられるのが嫌いだった。

それがどんなにうさぎでも。

リンゴだけの話ではない。

フルーツ全般。

ぬるくなったフルーツが許せなかった。

どのおかずを食べてもほんのりフルーティー。

良いことのような響きではあるが、最悪の事態だった。

フルーティーな唐揚げ、フルーティーな玉子焼き、

特段憂鬱であったのがフルーティーな白ご飯だ。

汁が浸食しているわけでもないのに。

フルーツの異様な存在感に腹が立った。

その全てを母に告げたらお弁当箱を分けてくれるようになって、

フルーツはちっさいちっさい箱に入れられるようになった。

その量ならもういらなかった。

嘘です。

栄養バランスを考えながら毎日作ってくれていたのだとわかっている。

フルーツよ、ごめんなさい。

お母さんありがとう。

母はよく、目玉焼きにブロッコリーを交えて焼き上げる。

目玉焼きも好きだし、ブロッコリーも大好きだ。

だけど、共存した途端に何故だかブロッコリーの立場が脅かされる。

意味のわからないことを言ったが、要するに邪魔なのだ。

温めようと思ったらおまえをも温める道しかないし、

醤油をかけたらそのアフロが全部吸うからだよ🥦

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