祖父の命日にピアノを処分する

Diary

今日は祖父の命日。

ずっと一緒に暮らしてきた祖父だったので亡くなった時は悲しかった。

育ててもらったのに、何もしてあげられなかったな。

亡くなる2年ほど前から認知症を患っていて、

何度も同じことを聞かれたり、ご飯食べたことをすぐに忘れたり、

スーパーのビニール袋をパンツみたいに履いていたりもした。

最後は私のこともほとんど忘れてしまった。

私にとって祖父は、自慢のおじいちゃんだった。

第二次世界大戦では志願兵として戦場に立った。

特攻隊として誇りを持ち、お国のために命を張った。

出撃予定だった1945年8月15日、第二次世界大戦は終結した。

おかげで私はこの世に生を受けている。

前日の夜に見たお月さまが本当に綺麗だったと話していた。

お母さんも見ているのだろうか、と思ったらしい。

お国のために死ぬことは本望であったが、いざその時を迎えるとやはり死が怖かったと言っていた。

言い表すことのできない気持ちだったという。

できる限りその心情を汲み取ろうとしたが、

平凡に暮らしている現代の子供には、到底無理な話だった。

祖父はとても優しく、社交的で明るい人だった。

運動神経が良く、音楽もできて、とにかく万能な人だった。

祖母はそういうところに惚れたのだろうなと思う。

そういえば、20年前祖父母に買ってもらったピアノを今日処分した。

わざわざ今日じゃなくてもよかったなとは思った。

もう10年以上弾いていなかったけど、思い入れのあるピアノだったので捨てられずにいた。

新しい家具が欲しくて、スペースが必要になった。

十数年も捨てられずにいたのに、

最後はただただ私欲での処分となってしまった。

部屋が広くなった。嬉しい。ごめんね。

ラの鍵盤が壊れているのに引き取ってくれた業者さんも、ありがとう。

祖父が亡くなる前日、いつものように病院へ会いに行った。

寝たきりで、私のことはもう忘れてしまっていた祖父だったが、

その日の帰り際、祖父は私の顔を見て変顔をした。

その顔は、幼い頃から日常的に向けられてきたおちゃらけ顔だった。

その瞬間だけは確実に私のことを認識していた。

小さい頃みたいに、私を笑わせようとしたのだろう。

私はもう大人だし、

このタイミングでは泣いてしまう。

次の日、祖父はこの世を去った。

きっと迎えにきたのは祖母に違いない。

数年ぶりに再会できて嬉しかっただろうか。

私もいつか、またふたりに会いたいと思っている。

迎えに来るのはまだまだだいぶ後にしてほしいです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました