二足のわらじ、或いは裸足

Essay

「尖っている」

その言葉がよく似合う、生意気な高校生だった。(主観)

高校生の頃、就職や進学なんてこれっぽっちも考えてはいなかった。

私には音楽があるのだ。人生に保険などいらない。

通っていたのは就職学校。

部活の推薦だ。

母の母校ということもあり、迷わず決めた。

ある日、クラス全員が必須とされた資格を「私には必要ない」と伝えに職員室へ向かった。

「二足のわらじは、履けないの。」

先生が放った一言である。

耳を疑った。

そのわらじ、いらないと言っている。

一足持っているから、いらないと、そう言っている。

聞こえていないのか。

或いはこちらが重要なターンを聞き逃したか。

どちらかだと信じたかった。

いつからか、他人のわらじを羨んで、いつの間にか手にいれて、いつしか履き慣れた。

あのわらじもそのわらじも、あっという間に捨ててしまったくせに、裸足では痛かった。

はぁ、全部いらない。

時折そう思う。

そう思う、だけ。

足元を見れば、絶対的安全地帯でふかふかの靴を履き慣らしている。

血を流してでも裸足で歩けよ。

あの頃の尖った私ならそう言うだろう。

あの頃の私なら、あのわらじを手放すこともなかっただろう。

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