後輩であり、同僚であり、先輩でもあって、
今ではすっかりマブダチという、不思議な男がいる。
そんな彼が、この度遠い街に引っ越すこととなった。
彼とは6年前に出会った。
少なくとも週1で飲み明かした。
彼を含めた数人のグループがあり、全員がご近所であったこともあって本当に仲が良かった。
ちょっとした男女のいざこざもありながら、
なんとなく距離ができてしまった頃もあったけれど
最終的には我らマブダチといったところで落ち着いており、グループは健在である。
1名を除く。
私たちは半年に一度のペースで飲み会を開く。
全員が口を揃えて「あの頃が一番楽しかった」と言う。
なんとも言い難い気持ちになる。
今が楽しくないわけではないし、
形が大きく変わってしまった今、比較できるものでもないと思いたいけれど
「変わってしまった」と言っている時点でそういうことだろう。
今ここに綴りながら、たくさんの思い出が蘇る。
はっきりと言ってしまおう。
あの頃に戻りたい。
そう思ってしまうほど、あの頃共に過ごした時間は本当に楽しく麗しく今でも輝いている。
眠る前や、ふとした時に今でも思い出す。
そんな時間を共に過ごしたマブダチは貴重だ。
本当は大好きなのだが。
素直にそう言ったことはないしきっと伝わっていないだろう。
「あの頃は楽しかった」
もう戻れない時間を想うことほど切ないものはない。
これがなんとも言い難い気持ちの正体であることにはとうに気づいている。
「本当は大好き」と言うのには理由がある。
これは大好きだと思っていないと思われているという前提があるのだ。
その前提にもまた理由がある。
早々に排除してしまった1名、A氏について話そう。
A氏は私たちのグループを作った創立者だ。
A氏を中心に飲み会が開催されるようになり、毎日のように飲み明かす日々が始まった。
私はA氏と恋仲であった。
様々な事情によって、A氏と会うことはなくなった。
A氏は遠くに引っ越していった。
私たちはA氏と連まなくなり、
私もその後引っ越して、みんなとは物理的な距離ができてしまった。
それをきっかけに、私もあまり連まなくなった。
「連む」の定義が難しいが、つまり前ほど仲良くなくなったということだ。
そんなこんなで私たちは、半年に一度の飲み会で顔をあわせるのみである。
シンプルな話に聞こえるが、そうではない。
本当はもっと奥深く複雑なのである。
そう思うのは、私の心に説明し難い想いがあったからだろう。
それがなんだと言えば、なにもわからないとしか言いようがない。
彼が遠くに行ってしまったところで、半年に1度の飲み会が無くなるだけ。
結局はなにも変わらない日常を送るのだ。
だけど、なんだかとても寂しくおもう。
結婚式には呼んでもらおう。


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