可愛げという処世術

Essay

本当は知っている。

寝る前のスマホが快眠の妨げになることも、

黒い服が紫外線を吸収してしまうことも、

ペンギンに膝があることも、

知っている。知っているのだ。

先輩はいつも、たくさんのアドバイスや豆知識をくれる。

大抵は知っているし、何より困っていない。

そんなことを考えているが、当然知らないふりをする。

知っていることほど可愛げのないものはないからだ。

場合によっては救われたモーションさえも繰り出す。

これが、私なりの「可愛げ」である。

後輩に可愛げを演出させるのも気が引けるので、私はあまり後輩に自らの知恵を語らない。

本当に教わりたいならば、教えてほしいと言ってくるからだ。

こんなことを綴っていると、私は先輩のことが嫌いなのか?

と自問してしまうが、本当にそうではない。

むしろ好きだ。

後輩に自身の知識を惜しげなく伝えてくれる。

後輩の可愛げ演出にも気がついておらず、この先も気がつくことはない。

そんな可愛げしかない先輩のことが大好きだ。

私という人間は本当に可愛げがない。

つくづくそう思う。

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